あれよあれよという間に、いつのまにか新学期、じゃなくて、新年度。
会社員時代とか学生時代とかは、この3〜4月への移行期間が異常に苦手でした。
なぜなら、過去の自分は、クラス替えとか席替えとか、異動とか移転とか、
とにかく春に勃発する周りの環境や人間関係の激変にいつもいつも動揺していて、新しい体制に慣れるまでに、軽く1,2ヶ月はかかっていたからです。かりに自分に変化がなかったとしても、いたはずの人がいなくなるだけで、もうたまらなく寂しくなって、心落ち着くまでに相当の時間がかかりました。なにも変わらなくても、不安定でよるべない記憶が、桜の開花とともに、無条件でぶりかえしてくるのが本当に嫌だったのです。
春の自律神経失調症。
でも、おかしなもので、自分がパンクチュアルな組織からははずれ、日々是変容体みたいな状態になってしまうと、春の変化なんて、どってことないんですね。不思議ですよね、環境によってこんなに人の心情は変わるんですから。(おかげで、花粉症も軽いっす)
で、前置き異常に長いですが、4度目のブロークバック・マウンテン登頂を終え、改めて思ったこととか、面白かった意見とか。
(以下、ストーリーを知らない方にはまったくわけわかんないネタバレ話なんで、ご興味ない方はスルーしてくださいませー)
あいかわらず、自分が本当は映画のどの部分にどんな風に反応しているのか、という点に関しては、愛情とか恋愛にまつわる、個人的な事柄や記憶に深く関わってくるので、およそ恥ずかしくて公表する気になれませんが、それでもBBMが愛についての映画であり、そこに興味をもったというのは、まぎれもない事実です。
たまたま男性同士の、そしてアメリカン・マッチョの象徴であるカウボーイの恋物語で、そんでもってとっても保守的かつ排他的な中西部ワイオミングが舞台で、さらには今よりもっと偏見に満ちていた60年代に運命の出会いがあり、とにかく登場する愛し合うふたりには見えない障壁がいっぱい、けど、障害が大きいからこそ、その関係が成就できないからこそ、ふたりの絆と愛が逆説的に証明される、そんな悲哀の物語・・。
正直、この映画の自分にとっての最大ツボは、この世に「純愛」があり得るんだと心底感じさせてくれたことにつきます。それを一映画内のファンタジーとしてではなく、本当にリアルなものとして観客にも実感させた、その監督の周到な演出、すぐれた原作&脚本、役者の演技……どれをとっても奇跡のようにすばらしかった。コンセプトが素晴らしければ、おのずとすべての結果がついてくる、それを証明するような作品でした。
アジア出身のアン・リー監督が、アメリカの映画産業において、白人のストーリーをこれほど東洋的な味付けで変奏し、全世界的な支持を得たということにも、涙が出るほど感動を覚えました。
答えを観客にゆだねる姿勢は全編におよび、原作で示される登場人物の内面描写にさえも別の見方ができるような絶妙な仕掛けを施す。これはこうなんじゃー、と言葉で畳みかけるメッセージではなく、映画に感情移入し、ひとりひとりが考えることによって、そして異なる意見の存在を知ることによって、物語の全容が見えてくる。なんだろ、全世界を包み込むような器の大きい演出に、改めてしみじみと感銘を受けたのです。監督は武術映像に出演していると聞いたことがあるけど、「推手」で太極拳を扱ったことからわかるように、彼が太極拳の基礎であるタオの思想などの東洋思想をベースに(あるいは意識して)物語を構築していることはあきらかです。対立する二者を善悪で分けるのではなく、攻撃をかわしながら、いつのまにか相手の懐に入る懐柔策の使い手。けれど現実の良い面も悪い面も両方直視させる厳しさもある。キネ旬のインタビューでは、美しいブロークバック・マウンテンの景色と人間との対比を、東洋の水墨画に見られる自然観を引き合いにだして語っていました。この、西洋のモチーフを使い、西洋の映画システムのなかで、東洋的な思考を展開し(もちろんそれだけではないですが)、人々にとって普遍的な愛のテーマを描くという逆転の発想って、本当にすごいと思うのです。これまで誰もできなかったことを彼はやったと思う。
だから、多くの作品賞を受賞しながら、アメリカ映画の権威であるアカデミーだけがそれを認めなかったというのも、ある意味勲章なのかなと。だって、そこまで強硬に否定されるということは、そこまで深く、長きにわたる伝統に反旗を翻しているということだから。合気道みたいに、大げさな技じゃないのにさっくり足下をすくわれたマッチョマンが、自分の敗北と相手の素晴らしさをすぐには認められない感じといいますか。ましてや、保守派の牙城を転覆させそうな、ゲイに対する偏見の許容という大きなテーマをはらんだ映画なわけですし。(他のブロガーさんの、性差によらない性愛が許容されれば、結婚によって成立する社会制度そのものが揺るぐかもしれない、その可能性を実は保守派も気づいているからこそ強い否定が起こるんだという指摘には、本当に衝撃を受けました。また、セクシュアリティの問題が持ち上がるからこそ、逆説的にユートピアのリアリティが増すということも、思いもよらなかったポイントです。)
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ところで、話をもとにもどすと、そんな究極の恋愛映画も、何度か見るうちに、少しずつ、映画への感想が変わってきました。ウェブ上でみなさんも書かれているように、やっぱり視点は、悲哀の主人公ふたりのみではなく、巻き添えをくった不運の家族へも向けられていきます。(前3回の鑑賞時は、まったくもって主人公二人にしか目が向いていませんでした・・。)
実は、最初のBBM体験があまりに強烈だったので、その後、会う人ごとにBBMをお勧めし、とくにアート好きの人だったら、この映画のよさが一発でわかるんじゃないか、同じ気持ちを共有できるんじゃないか、そんなふうに勝手に思いこんでいるフシもありました。でも、共通のアートの趣味をもつ知人(年輩の既婚女性)が、勧められるままにBBMを見てきて聞かせてくれた感想に、私は正直、のけぞってしまいました。
いわく、「結婚は打算なんだから、家族も恋人も両方欲しいなら、もっと不倫はうまくやらなきゃだめよ!! 愛人を何人も囲っていた昔の本当の遊び人なら、逢い引きはすべて同じパターンにして、嘘が嘘とばれないよう細心の注意を払ったもの。そこまで気を回してくれるからこそ、本当はバレバレであっても、女の人達は知らないフリをしてくれたのよ。」
がーーーーーん。
そりゃあ、たしかに、好きになっちゃった恋人(同性)との逢い引きを「釣り」と称してうれしそうに出かけていく夫が、お土産の魚を一匹ももってかえらないばかりか、釣り道具の値札を何年もつけっぱなしでしらをきったら、夫人がキレるのも当然です。
「あんなに気を回せない人とは、絶対につき合いたくない!」、そう別の友人が言っておりましたが、たしかにそーだわ。そのとおりだわ!「嘘でもいいから、帰りにスーパーで魚買えよ!」って。
でもまあ、一方で、そんな不器用さに相手のジャックも参っちゃったわけで、「寡黙な男の人はやっぱりモテるよねー」と、妙に納得し、エニスを許容していた友達がいたのも事実です。
それで、私が改めて思ったことはこうです。
保守的な土地に育ち、ホモフォビア(ゲイ嫌悪)の父にゲイは悪だと教え込まれ、ほとんどそれがトラウマになっていたエニスが不覚にも男のジャックと恋におちてしまった。それが真実の愛だということを、20年の間、ジャックがこの世から姿を消すまで本人は認めることができなかった。ジャックが別の男の人と関係をもったと聞くと、「殺してやる」とすごみ、一方でまた、本当は家族よりも大事な恋人がいたんだろうと告発する元妻にグーでなぐりかかろうとする。
彼がジャックに殺すとすごんだ理由のひとつは、あまりにも悲惨な彼自身の自己矛盾の発露なんじゃないかと思う。自分のことは棚上げして、骨の髄まで染みこんだホモフォビアの自分の本性をうっかり恋人の前で示してしまった、それほどに同性愛を認められない、人に知られたくなかった、自分で知りたくなかった、そして狂おしいまでの嫉妬心・・・。けれど、自分を愛する女の人達をかくも邪険にした(しかも無自覚!)彼の、ある意味相当の極悪人っぷりを見るにつけ、やっぱり思わざるをえないです。ゲイを自覚していたのはジャックのほうで、エニスは本質的にはストレートだったと言われているけれど、実はエニスも女嫌いのゲイだったんじゃないの??
いや、もちろんエニス、大好きなんですけどねー。
いやいやいや、本当は自分に一番正直だったのはエニスとも言えるわけだし、そんな純粋な彼が社会の因習的価値観のブロックのために、自分自身を不幸においやったということがBBMの悲哀たるゆえんなのですが・・。なにかのインタビューでジェイクが言ってましたが、「真実の愛を見つけたら、ぜったいに離しちゃいけない。」、それにつきますね。本当の愛をどう貫き通せるかで、人生、変わってくるわけですから!
レディース・デイに行って、ほぼ9割方女性客の中で見たから、極端に女性よりの感情移入になってしまったのでしょうか。過去3回とくらべると、自分が断然冷静な頭で見てたりするから、我ながら驚きました。
このほかにも、盛り上がる男子二人の関係には、彼らがゲイであってもなくても、女子は決して間には入れないという話や、やっぱり確信してやまない、A to Z=BBM説とか、語りだしとまらないエピソードがまだまだ満載です。本当は、自分が最も感情移入できるのはジャック(&ジャックを愛するエニス)なのですが、人と話すと全然違う視点で盛り上がったりするから面白いです。
この映画に対するひとつの答えってなくて、むしろ、いろんな人が、それぞれの立場で際限なく多種多様なコメントをしたくなるその多面性に、心底驚かされます。(それこそ、アートの真髄でもありますよね!) カメレオンというか、とんでもなく万華鏡的なBBMのマジックに、ふたたび平伏したくなった次第です。
・・なんのこっちゃなシメですが〜。