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露口啓二&奈良美智トーク@横浜美術館

ちょうど9月20日月曜で終了の「ノンセクト・ラディカル」展@横浜美術館。
http://www.yma.city.yokohama.jp/nsr/info/index.html
展覧会は見ていたが、最終日に奈良さんのトークがあるというので横浜へ。
予想どおり、ギャルズで賑わう会場前。順番は、露口>奈良と、それぞれ一時間半の予定。
怠け癖で後半のみ潜り込もうとしていたのだが、成り行きで二本とも聞くことに・・。

が、露口さんのお話、すごい面白かった!(トバそうとしてごめんなさい〜)
「地名シリーズ」として彼が出品していたのは、北海道各地で撮った風景写真に、現在地図や地理で採用されている漢字表記の地名と元となったアイヌ語名、その意味からなるキャプションを添えた作品だ。もともと、川や谷など、土地の特徴を表していたアイヌ語の地名は、江戸〜明治以降の近代化における和人の侵略によって、音に強制的に漢字を当てはめた和式表記へと変換された。たとえば、遠浅=トアサは、もとのアイヌ語では、沼の奥を意味するが、その内容を考慮することなく当て字された漢字名からは、土地を描写する本来の意味は失われてしまっている。外国の地名などでも同様に見られる漢字の当て字は、一見脈絡がないからこそ意味深さを増す。けれど、翻訳されることのないアイヌ語は、表意文字の漢字で上塗りされることで、よりいっそう無意味化される。名付けることに込められた、一民族の歴史をリセットする、言語の暴力。その名に刻まれた風土の記憶は、こうして日本の史実から永遠に隠蔽=忘却されてしまったのだ。
露口さんは、じつはどこにでもありそうな、なにげない北海道の自然と田舎の風景を、わざと美的構成を避けたラフなスタイルと、二つの視野から捉え、それらを横に並べて見せている。どれも現代の北海道の姿なのだから、アイヌ民族が最初に名付けた風景とは、だいぶ違っているのかもしれない。しかし、あえて、一枚の絵に象徴させず、二枚に視線を分散させるズラし方や、なにげなさを装った絶妙の撮影方法は、まるで言語のように作用してきた近代写真の記号的側面を回避&批判するかのように、沈黙を保っている。アイヌ民族が名付け、見いだした風景(=写真、ビジュアル)は、じつはその後の異なる言語の支配に屈することなく、ニュートラルな風景でありつづけてきた、そんなメッセージを発しているようにも見える。うーん、深い。最後はうなることしきり。
ちなみに、アイヌ語は、文字を持たず、声によって伝達されてきた言葉である。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%8C%E8%AA%9E モノを名付ける=認識するアイヌの歴史と、言語で定義する=認識「させる」近代化の波を対比的に浮かび上がらせ、どちらが善悪だということなく、写真という視覚地帯を緩衝剤に、問題提起する露口さん。その姿勢は、近代化の過程で記号化されつくしたイメージのあり方を批判し、もう一度イメージ本来の力を蘇生させようとする九〇年代〜二十一世紀以降の新しい流れとも合致するし、記述される言語ではなく、語る言葉が大事、と前にいっていた奈良さんの発言とも、すごく自然に繋がっている気がする。そんな、一見正反対に見えるふたりの作品に共通点が見えたことは、今回のでっかい収穫。

で、肝心の奈良さんの話については、、、、力つきまして、翌日持ち越し〜。
やっぱりバイオリズムの関係で、月半分は、パワー激落ち。ニューロンの活動低下が著しく記録したいものはどんどんたまっていくのに、思考と文字化が追いつかない・・。あーれーーーー。声で伝える=口述ってやっぱりすごいー。
by shu_tonsu | 2004-09-21 01:24 | art


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